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2012年04月17日

見沢知廉と云う生き方

皆さんは見沢知廉をご存知だろうか?
まず、知らない方の為に、見沢同志を語るには、彼の人生を軽く振り返ってみようか。
1959年8月生まれの同志は、60年代後半から70年代初頭の学生運動の攻防など、戦後空前の盛り上がりを見せた民衆運動が低迷を始めたころ、反体制に目覚め、暴走族ブラックエンペラーに入りながら、新左翼運動で成田闘争参加とひた走り、1978年三里塚闘争で成田空港占拠闘争の最前線を戦ったのち、新右翼へと身を転じ、イギリス大使館への火炎瓶ゲリラなどを指揮。1982年にスパイ疑惑のあった同志をスパナプで殴り殺した遺体を青木ケ原の樹海に遺体を遺棄。懲役12年を言い渡され、千葉刑務所にて12年間収監された。1994年に獄中で書いた「天皇ごっこ」で新日本文学賞佳作を受賞した同年に出所した見沢は、2005年に横浜のマンション8階から転落して死去。彼の政治行動を導く世界観は、いまでも彼の著書の中に生きている。
こんなところか?(笑)実際、会って話すと、とても面白い人間だったりする。
うちの委員長と大変親しく、著書にも再三登場する。
一度見沢同志から委員長に来た手紙を盗み読んだ事がある。
いや…読んでない。
いや、読めなかった
悪筆にも程がある。委員長は「読み方があるんだ」と云う
最初は全体を読み三割位のあらすじを掴み、次に読み込みながら半分位の大筋を掴む

私「いつ、全てを掴むんですか?」

委「半分判れば良いだろ?」

って位だ。
その手紙に委員長は返事を書いてたなぁ。ペンネームの見沢ってのは本が三島由紀夫のコーナーに並べられるように付けたと恥ずかしそうに云ってた。
もう、今年で八回忌だよ…偲ぶ会には安倍譲二さんに頭脳警察のパンタさんが来てたよね。
もっと、もっと…
いや、云うまい。
運動家は、いつも、私の目の前から、いきなり消えてしまうから…
私はあなたを忘れない。




Posted by 逢坂秋介 at 00:17│Comments(2)
この記事へのコメント
              

著者写真が市村正親氏の若い頃に似ている事にまず興味を持ち

本の内容とのギャップに興味を持ち‥


空に還った方。

直接お会いしてみたかったと今も思います。

もう7年になるのですね‥
Posted by ぷ~ちゃん at 2012年04月17日 00:59
ぷ~ちゃん様
見沢同志は、偶像化されつつありますがサブカル好きな方でとある雑誌で合法市販薬で「どれだけ飛べるか?」って企画に喜んで参加するような方でした(笑)視覚効果で子供が集団で倒れたポケモンのビデオを見て「こりゃクラクラ来る」とか(爆笑)
身体を苛めて生きてました。
普通の人間ですよ。自殺したけど「自殺は良い」ではなく「自殺は正しい」と云ってましたね。
Posted by 逢坂秋介 at 2012年04月17日 09:39
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見沢知廉と云う生き方
    コメント(2)